第3条 司法試験と予備試験の難しさの違い(予備試験平成27年商法設問2を素材として)

「ねーちゃん、予備試験と司法試験って、論文どっちが難しかった?」

休日の昼下がり、クローゼットから引っ張り出したスーツを鏡の前でとっかえひっかえ胸に当ててうなっているねーちゃんに、僕は声をかけた。

「そんなのどっちだっていいでしょ!わたしは忙しいのよ。ああ、明日の尋問、どっちにしようかな」

どっちのスーツもネイビー系だから、それこそ、どっちでもいいんじゃないかって思う。

「あんた、今、どっちのスーツもネイビー系だから、どっちでもいいんじゃないかとか思ったでしょ!」

エスパーか。眼光はスナイパーだけど。

「思ってない思ってない」

「予備試験と司法試験ってどっちが難しかった?って、あんたは、両方受かんないといけないんだから、比べてもしょうがないでしょ。バカなの?」

きついなあ、まったく。

「でも、合格率は司法試験の方が断然高いし、予備試験合格者の司法試験合格率がすごく高いから、実際、予備試験の方が難しいんじゃないのっていう意見もあって。予備試験の勉強ってつらいけど、司法試験よりも難しいとか司法試験とほとんど変わらない難しさだって思えれば、そんな難しい予備試験に挑戦しているんだっていうことで耐えられる気もして…」

「ああ、なるほどね」

ねーちゃんは、スーツを持つ手を止めて、こっちに向き直った。

「前提として、問題文の中に仕込まれた検討対象事項の量の多さや深さの点から見たら、断然司法試験の方が難しいと思う。ただ、司法試験は出題の入り口がマニアックじゃないんだよね。メジャーなことを多角的に深く検討させようとする。しかも、検討対象を問題文で明示してくれることが多い。逆に、何が出るか分からない、こんなところ勉強してないよってところを冷酷に出してくるの予備試験で、1年に1回の試験でそういう予測のできなさがあるところが難しさの一つだよね。ローで普通やらないからか司法試験論文では手形・小切手法はでないけど予備では出されるし、平成24年憲法の国民審査とかはかなりえぐいわね」

「なるほど」

確かに、出題範囲に違いがある気がする。予備試験は自由に出題されてる感じがする。

「あと、やっぱり、分量の違いね」

そう言って、ねーちゃんはパソコンを起動させて、法務省のホームページを確認している。

「ほら、行政法なんだけどさ。添付資料まで含めた問題文の文字数を令和4年で比べると、司法試験は約7350字、予備試験は約3000字。司法試験で答案1枚書くのに15分かかるとして6枚書くとしようか。そうすると90分かかるから、120分の試験時間で問題文読んで答案構成するのに30分使えるんだけど、7350÷30=245で、1分で245文字に目を通さないといけない。一方で、予備試験でも1枚15分で3枚答案書くとすると、45分使うよね、で、試験時間は70分だから、問題文読んで答案構成するのに25分使える。3000÷25=120だから、1分で120文字に目を通すことになる。問題文の全部を最初から最後まで1文字1文字読む必要はないけれど、どこに何が書いてあるか、どの材料をどう使うか、を考えて整理しながら情報を受け取らないといけないよね。そうすると、1分当たりの文字数が司法試験は予備試験の単純に倍以上あるから、きついよね。たくさんの情報を適切に受領・整理できる能力が司法試験の方では高く要求されているといえるわ」

ほんとうだ。全然違う。

「他の科目もこんなに違うの?」

行政法が一番違いがあるとは思う。今、令和4年で見てるけど刑法はそんなに差がなさそうだね。まあ、司法試験は用意された情報量が多くて、問題も複雑で、とにかく試験時間が短くて大変だけれど、書くことが期待されている内容の中心はメジャーなことが多いから、あんまり一つ一つに深入りせずに、時間内にバランスよく全ての設問に満遍なく解答できれば、競争倍率も高くないので受かるイメージかな。それだと上位合格は難しいだろうけれど」

「ねーちゃんは、司法試験の方が難しかったの?」

「わたしは、体感的には予備の方が難しかったな。司法は途中答案にならないように調整するのが大変だったけど、バランスよく最後まで時間内に全科目書ききれば、合格自体はできそうな感触があって、実際合格できたから」

ふーん、そういう体感なんだ。

「反対に、予備試験は、検討時間にも余裕があってその気になれば問題文を何回も読めるから、パッと目につくメジャーなところだけさらっと検討して書いても、合格ラインに達さないんじゃないかって感じる。合格率も低いしね。気抜くと簡単に落ちる。だから、かなり泥臭く問題文の細かい事情に食らいついた方がいいと思う。全科目でやるのは難しいかもしれないけれど、試験中、ここは!!って思うところは積極的に点を取りに行った方がいいと思う。試験現場で初めて考えて解答とその理由を文章で表現する科目も出てくると思う。知らないことは一切書かない、全科目守るんだっていう姿勢だと、知っていることが他の受験生よりも圧倒的に多いならいいけれど、そうじゃなければ、必然的に他の受験生よりも狭く浅い答案になるから、結局、守れてないことになっちゃう」

「試験中に閃いたり神が降ってきたら危険っていわない?」

「普段勉強していない人の思いつきは確かに危険だけど、これまで必死に勉強してきた人が人生かかった大一番の試験で集中して問題文を検討している最中に閃いたなら、一呼吸おいて、正しいかはわからないけれど少なくとも間違いじゃないだろうことを確認したら、それは勝負に出るべきだと思う」

「でも、怖くない?」

「怖いけど、実務だってそうだから。たくさん準備して臨んでも、予想外のことが起きて、でも正面から何らかの解答をその場で出さないといけない瞬間もあるよ。仕事の性質上仕方ないからそういうのも含めて試験で試されていると思った方がいいよ。特別なことじゃないんだよ」

特別なことじゃない、か。

 

ねーちゃんは、再び、法務省のホームページ内の検索を始めている。

「お、これだ。予備試験の平成27年の商法の設問2。これ見て。」

問題文を読んでみた。あ、これは前に検討したことあるぞ。

「Y社は原則としてEらに対する責任を負わないけれど、例外的に、会社法22条1項により負うんじゃないかって検討する問題だよね」

「いい感じじゃん!短答落ちにしては」

うるさいよ。

「で、22条1項によりY社は責任を負うの?」

「ええと、商号の続用が要件なんだけど、Y社はX社の商号の続用はせず、X社が営んでした『甲荘』という名称を続用しているにとどまるから、この要件を満たさないけれど、同条項を権利外観法理のあらわれと解すれば、名称の続用でもその趣旨が妥当するから類推適用されて、負うよ」

「それだけ?」

「?答案を実際に書くときはもっと規範定立もあてはめも丁寧に書くつもりだけど、こんなもんじゃないの?」

「それじゃ、問題文への食らいつきが足んないよ。もっと牙、差し込まないと!条文をよく読んで、問題文もよく読んで、往復しないと」

 

会社法22条1項

 事業を譲り受けた会社(以下この章において「譲受会社」という。)が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合には、その譲受会社も、譲渡会社の事業によって生じた債務を弁済する責任を負う。

 

「Y社は、X社からホテル事業を譲り受けているから『譲受会社』でいいよね」

「そう。うん、要件を抽出して一つずつ事実と突き合わせるのは大事ね。ちなみに、ホテル事業をX社の事業の重要な一部と評価して『譲受会社』に当たると説明することもできるわね。それで、続きは?」

「ええと…」

うーん、もう「譲渡会社の事業によって生じた債務」しか怪しい要件はないな。

「『譲渡会社の事業によって生じた債務』は満たす?」

ああ、考えがまとまらないうちにねーちゃんからの攻撃が。でも、その瞬間、僕は閃いた!食中毒って不法行為じゃない?

「X社のEらに対する損害賠償債務は不法行為に基づく債務だから『事業によって生じた債務』に含まれない可能性がある」

「お、開発されてきたね。その可能性はあるね。Eらは、債務不履行構成と不法行為構成を採ることができるけど、不法行為に基づく債務は『事業によって』生じた債務に含まれないかもしれない、と。でも、まあ、取引行為・事業に端を発した不法行為だから、結論としては含まれると考えるのが普通だろうね」

いやあ、ゾーンに入るってこういうことなんだな。なるほど、これが予備試験で勝負にいく際のポイントか。

「…それで、他には?」

「え?」

ねーちゃん、何言っているの?

不満そうな顔でねーちゃんは続ける。

「もう終わり?」

「…まだあるの?」

「あると思っているから聞いている」

背中で一筋汗がツーっと落ちて行った。まだ何かある…?

 

設問内容は「ホテル事業をX社から承継したY社は、X社のEらに対する損害賠償債務を弁済する責任を負うかについて、論じなさい。」だよね。ううう、思いつかない…

「Y社がX社から承継したのは?」

「…ホテル事業だよ」

「じゃあ、X社のEらに対する損害賠償債務は何が原因で生じたの?」

ん?僕は、改めて、問題文を読み直した。事実4と7によれば、Eらは、弁当製造販売事業で製造された弁当を食べた被害者だ。あれ?

ねーちゃんは同じ質問を繰り返した。

「Y社がX社から承継したのは?」

そうか!

「X社のEらに対する損害賠償債務はY社が承継していない弁当製造販売事業から生じた債務だから、『譲渡会社の事業によって生じた債務』に当たるかどうかも問題になると思う」

「でも『譲渡会社』であるX社『の事業によって生じた債務』であることに違いはないんじゃないの?」

僕は頭をフル回転して答えた。

「いや、その部分の文言だけ見ると、そうとも言えるけど、譲受会社と譲渡会社という言葉は表裏であって、譲渡対象の事業は共通のものとして条文を読むのが自然なはず。だから、事業内容が一致しないのはおかしい」

「そうだね」

そういうと、ねーちゃんは、満足そうに1つのスーツを手に取った。

「明日は、こっちにしよう」

僕にはねーちゃんのスーツの違いがわからない。でも、予備試験について何か少し掴めた気がする。いや、でも、やっぱり気のせいか…

スーツを片付けながらねーちゃんが言った。

「結論は、どっちでもいいんだよ。条文と事実を付き合わせる、そのときにできた隙間を見逃さないこと。これが本当に大事。典型論点・既存の論点じゃないんだけどね。そして、隙間に気付けば、それを埋められないものとして断念するか埋めようとするかは大概、自由。今日のあんたはその隙間に気付けたね」

まだ日が短いから、ブラインドからもう西日が差しこんでいた。